札幌地方裁判所 平成4年(わ)883号 判決 1992年12月18日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中六〇日をこの刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第一 被告人は、平成四年七月四日午後六時三〇分ころ、札幌市<番地略>付近路上において、同所に駐車中の奥田運輸株式会社代表取締役S・同社運転手Yが所有又は管理する毛皮コート等一万七三三二点積載の普通貨物自動車一台(時価合計約二二七六万一九二五円相当)を盗み取った。
第二 被告人は、平成四年七月五日午後三時三〇分ころ、M1(当時五九歳)が札幌市<番地略>のM2方に帰宅したのを認めて、同女から金品を奪い取ろうと考え、荷物の宅配を装ってM2宅を訪問したが、玄関前の風除室で、応対に出たM1から荷物の宛名が違うと指摘され、いったんは外に出た。しかし、被告人は、M1を玄関内に押し込むなどし、同女を怖がらせて金品を奪い取ろうと考え、同日午後三時四〇分ころ、再び荷物を持ってM2方へ赴いた。そして、M1が風除室で荷物の伝票の宛名を確認しようとして背を向けると、背後から同女の口を左手で塞ぎ、右手で腹部を抱きかかえるようにして、同女を風除室から玄関内に押し込む暴行を加え、同女におおいかぶさるような状態で二人とも玄関に転倒した。しかし、M1が大声を上げて抵抗し、二階から家人が降りてくる気配もしたことから、あわてて逃走したため、金品を脅し取ることはできなかった。その際、被告人は、右暴行により、M1に約三週間の治療を要する右側頭部、鼻根部擦過傷、頚部挫傷等の傷害を負わせた。
(証拠)<省略>
(強盗致傷の訴因に対して恐喝未遂と傷害の事実を認定した理由)
検察官は、被告人が強盗の故意で、その手段である暴行の一部を開始したとして、強盗罪の着手があった旨主張し、強盗致傷を訴因としている。
しかし、裁判所は、被告人の暴行は、被害者の反抗を抑圧するに足りない程度の暴行であり、被告人の犯意も、そのような暴行を加えて畏怖した被害者から金品を奪い取ろうという恐喝の犯意にとどまると認定したので、その理由を説明する。
一 暴行の態様等
1 検察官は、被告人の暴行の態様について、被害者の口を背後から塞いで押し倒すなどの暴行があったと主張し、被害者も、被告人が「私の左側を下にして私を横向きに倒しました。」(<書証番号略>)と供述している。
しかしながら、被害者は、他方において、被告人は被害者が倒れた後もその口を塞いでいたと供述している。被告人も、捜査、公判を通じ、故意に被害者を押し倒したことはなく、自分が被害者の背後からおおいかぶさるような状態で二人とも倒れ、自分も左肘を床に打ちつけた旨の供述を繰り返している。また、被告人は、直接の転倒の原因について、被害者がサンダルをはいていたこともあり、足がもつれるようになってバランスをくずしたためである旨、取調べの初期の段階から具体的に供述している。これらの供述内容に照らすと、被告人が被害者の口を左手で塞ぎ背後から被害者を抱え込んだままの状態でバランスを失い、二人が一体となって転倒したものと推認され、被告人の暴行の内容としては、故意に押し倒したという事実まで認定することは困難である。
2 なお、被害者は、転倒した後、被告人から右こめかみ辺りを強く押さえつけられ、右背胸部に強い衝撃を受けた旨供述し、この時点でも被告人の暴行が継続していたことを示唆している。
しかし、その供述内容は、同女がうつぶせの状態にあり被告人の行為を直接見ることができなかったこともあって、被告人の暴行の態様を特定する程度までに具体的であるといえないし、被告人も、転倒後は故意に暴行は加えていないとの供述を繰り返し、被害者が受けたという衝撃についても、被告人が逃げようとして立ち上がったときに手を押しつけたり、足が当ったなどの可能性があるとして、一応合理的な説明をしている。そうすると、本件証拠上は、故意の殴打や足蹴りなどの暴行の事実を認定することはできない。
3 以上から、被告人の暴行の態様としては、前記犯罪事実記載のとおりであったと認められる。
二 暴行の程度
1 本件においては、検察官も、被告人の暴行の程度が被害者の反抗を抑圧する程度には至っていなかったと認めているところではあるが、なお関係証拠に照らして検討するに、本件では、若い屈強な男性が、年配の小柄な女性に対し、狭い風除室や玄関内で、突然前記認定のとおりの暴行を加えて傷害を負わせたものであって、暴行の程度は決して軽いものではない。
2 しかし、
(一) 被告人が被害者を押し込んだ距離はせいぜい数メートルで、暴行自体も短時間で終了している。
(二) 被告人は、被害者の口を塞いだものの、その直後に二人で同時に転倒し、被害者の抵抗にもあって、結果的に手を離さざるを得なくなり、被害者は大声を上げて助けを求めることができた。
(三) 被告人は、何ら凶器を使用していないし、前述のとおり、故意に被害者を押し倒したり、殴打や足蹴りなどの攻撃的な暴行を加えてはいない。
(四) 本件は、住宅密集地にある被害者の自宅での昼間の犯行であり、二階には被害者の夫も在宅し、近所では庭作業をしている者も存在していた。しかも、被告人自身、家人の気配を察知して、あわてて逃走している。
3 以上の諸点を総合すると、本件の暴行は、客観的にみて反抗を抑圧するに足りない程度であったと認めるのが相当である。
三 被告人の犯意
検察官は、被告人の犯意は強盗罪にいう暴行を加えて金品を奪取するものであったと主張している。
しかし、被告人は、当初、帰宅した被害者が金品の入った買物袋を玄関先に置いていると想定しており、宅配を装って被害者宅を訪問すれば、被害者のすきを見て容易にこれを奪い取ることができると考えていたのであって、これは、窃盗の犯意と評価すべきものである。
また、前記暴行を加えた際の犯意としても、被告人は、買物袋が玄関に置かれているであろうと想定し、玄関内に入る過程でいわば障害物となる被害者をそこまで押し込んだうえ、買物袋を奪い取ろうと考えた旨自供しているが、この供述内容は、実際の暴行もその目的に合致する態様、程度であったことに照らすと、信用性が高いと認められる。そうすると、被告人は、被害者の反抗を抑圧するまでの意図がなく、せいぜい、いきなり前記の暴行を加えれば、小柄で年配の女性である被害者が怖がり、金品を奪い取ることができるとの程度のことを考えていたものと推認される。
四 結論
以上を総合すると、被告人の暴行は、被害者の反抗を抑圧する程度のものであったとは認められず、また、被告人の犯意も、被害者の反抗を抑圧するに足りない程度の暴行を加え、被害者を脅かして金品を奪い取るという恐喝の犯意であったと認定するのが相当である。
結局、被告人は、被害者の反抗を抑圧するに足りない程度の暴行を加えて金品を脅し取ろうとしたが、これができなかった、その際、被害者に前記の傷害を負わせたということに帰するから、本件では、強盗致傷罪ではなく、恐喝未遂罪と傷害罪が成立するというべきである。
(法令の適用)
罰条
第一の行為 刑法二三五条
第二の行為
恐喝未遂の点
刑法二五〇条、二四九条一項
傷害の点 刑法二〇四条
観念的競合
第二の罪 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として犯情の重い傷害罪の懲役刑で処断)
併合罪 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い第二の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数
刑法二一条(六〇日算入)
訴訟費用
刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑事情)
一 被告人に不利な事情
第一の犯行は、被害合計金額が約二二七六万円と多額なうえ、車で帰宅したいという自己中心的な動機から、宅配用の荷物を多数積載し、エンジンを掛けたままで駐車中の普通貨物自動車を盗んだものであり、犯情は悪質である。また、盗んだ荷物の一部を売却換金するなど、犯行後の行動も芳しくない。
第二の犯行は、荷物の宅配を装って帰宅直後の年配の女性を欺き、突然、手で口を塞ぎ背後から抱きかかえて押し込むなど、強盗に近い危険な暴行を加え、被害者に傷害を負わせたもので、犯情は非常に悪質である。犯行動機も金欲しさという自己中心的なものであり、酌量の余地はない。被害者は、全く落ち度がないにもかかわらず、約三週間の治療を要する傷害を負う結果となり、被った肉体的、精神的苦痛は大きい。
被告人は、平成元年五月に覚せい剤犯罪で懲役一年執行猶予三年に処せられたが、その期間満了後間もなく本件各犯行に及んでおり、法を守ろうとする意識が乏しく、再犯のおそれもないとはいえない。
二 被告人に有利な事情
第一の犯行については、被害品のほとんどが回復されている。
第二の犯行についても、周到な計画的犯行とまではいえず、金品奪取の点は未遂に終わっている。被告人の両親が、被害者に謝罪し、被害弁償に努力した。被害者も、被告人が若年であることを考慮し、その更生を願っている。
被告人は、公判廷で、各被害者に対する謝罪の念を表明し、社会復帰後も現在の仕事を続け真面目に働くと述べ、反省の態度と更生の意欲を示している。
三 そこで、これらの事情を総合考慮して、主文の刑を量定した。
(裁判長裁判官植村立郎 裁判官草間雄一 裁判官波多江真史)